メダカよりもヴィゴ・モーテンセンがよかったんです、あの頃は

 

駅で男子高校生たち4人組が、なにやら楽しそうに談笑している。

 

 

「オレさ〜小学生に戻りたいわ」

「え?小学生は幼すぎだろ」

「俺は早くオトナになりてぇわ」

「オレも俺もー」

「早く大人になりてーなー!」(全員)

 

 

セリフか何かですか。

思わずツッコミたくなるほど、私にも身に覚えのある会話だった。

 

 

彼らの言うオトナって、どんな大人を想像しているんだろうか。

 

私もかつて高校生くらいのときにそんな感じのことを漠然と思い、早く大人になって自由になりたいなんて友だちと言い合っては笑っていた。

でも今になってみれば、あのヒリヒリとした傷をむき出しにして歩いていたような時期が、懐かしくてたまらない。

 

口うるさい親から解放されて自由に生活したいとか、自分でお金を稼いで好きなモノを買いまくりたいとか、そんなことを思っていた気がする。

一人暮らししたらどこどこに住みたい、高校生では手が届かないブランドの服を買いまくりたい、外見がめちゃくちゃタイプの人と結婚したい(ちなみに当時のタイプは、ヴィゴ・モーテンセン)とかね。

 

ないものねだりなんだけど、ないものねだりだってことすら気づかずに、あーだこーだ言っていた。

今が永遠に続くような気がしていたから。

 

 

 

 

当時知り合いのおじさんが「子どもと一緒にメダカを世話しているときに幸せを感じる」と言っているのを聞いて、「メダカかよっ」と思った(ごめんなさい)。

 

 

今はわかるよ。

ブランド品よりもメダカを愛でたい。

自分ではない生き物を愛でながら暮らしたい。

 

でも当時は、メダカよりもヴィゴ・モーテンセンだった。

現実のすべては妄想で覆われていたのだ。

夢物語のなかで生きていた。いや、生きていたかったのかもしれない。

 

 

“今”は永遠ではなくて、確実に過ぎ去っていく。

私の場合、“あの頃”に想像したオトナにはなれていないけれど、そんなことはあまり関係なくて。

「早くオトナになりてぇな」と思っていた時期が、自分のなかにもあったことが尊い

たぶん他愛もないことで爆笑している(違ったらゴメン)男子高校生たちの後ろ姿を追いかけながら、ヒリヒリしていた自分の姿を見つけてちょっとだけ嬉しくなったのだ。いいね、いいね、その感じ。