初々しさをまとった記憶

 

最近、娘を通して淡い初恋の記憶なんてものを思い出してしまっている。

私にも我が子のような初々しさをまとっていた頃があったなぁと、ぼんやりと思っているのだ。

 

娘に好きな先生ができた。

帰宅するなり、開口一番に「今日も〇〇先生カッコよかった♡」と言っている。

あまりにも先生のかっこよさをアピールしてくるので、私は聞いた。

 

「そんなにカッコいいと思うなら、先生にカッコいいって伝えてみたら?」

 

すると娘は、今にも告白しそうな女子の顔をして

「恥ずかしくて、死んじゃう」そう言ったのだ。

 

ハズカシクテ、シンジャウ。

 

こんなに可愛い照れ隠しがありますか。

 

なんだか、こっちまで恥ずかしくなっちゃって。

自分が◯◯先生だったら、嬉しくないはずがない!そんな親バカが炸裂した。

 

同時に、恥ずかしくて死ぬなんて感覚、私は久しく味わってないゾと思った。

 

好きな人の前で間抜けな失態をした。

好きな人に告白する。

好きな人と手を繋ぐ。

 

そのたびに、「キャァァ、恥ずかしくて死んじゃう」と思ってきたはずなのだが、今あのときの感覚を鮮明に思い出そうとしてもなかなかうまくいかない。

というか、若干忘れかけている。

 

たとえ今、外で派手に転んでも、惨事を目撃していた人を瞬時に探しだし、「やっちゃいました」と目で会話しながらうすら笑いを浮かべて立ち上がることができるくらいには、面の皮が厚くなっている。

皮が厚くなったことで、楽になった面もあり、子どもだった自分がはるか遠くへ行ってしまったような寂しさもある。

 

だからこそ、娘の「恥ずかしくて死んじゃう」は、胸をぎゅっとつかまれた。

 

 

私は娘に聞いた。

「〇〇先生のどんなところがそんなに好きなの?」

 

 

「髪の毛とジャンパー」

 

 

即答だった。

返す言葉がなかった。

 

髪の毛とジャンパーって、〇〇先生と同じ髪型にして、同じジャンパー着てれば誰でもいいじゃん!

 

もちろん、そんな意地悪なことは言わなかったけれど。そういう子どもらしいちぐはぐさが、たまらなく可愛かった。

〇〇先生がしている髪型だから、〇〇先生が着ているジャンパーだから好きなんだろう、きっと。

 

 

これから先も、娘の心のなかで“びり”なのか、“ばち”なのかわからないけれど、恋を知らせる音が鳴るかもしれない。

おそらくその瞬間には立ち会えないだろうが、その音を聞いたかもしれない娘のことを、私はひっそりと応援したい。