隠したかったものを武器にする

 

生きるって、手続きの連続だなと思う。

 

たとえば役所や病院、会社、学校。いたるところで、名前を書いて、住所を書く。そんな当たり前の行為を何度も繰り返しながら、毎日の生活って流れているように思うんです。

それなのに、その手続きになかなか慣れない。もちろん、用途によって提出書類が違うから仕方のないことなんですが、たまに手続きの場に必要な書類を忘れてしまったりする。

 

で、「この書類が不足しているから持ってきてください」とか言われると、内心「しっかりしてよ、私」とか「もう!」とか思いながらも、渋々不足書類をまた持って行くわけで。

でもたまにですよ、現実的な指摘だけではなくて、忘れたことをなかなか許してもらえない時がある。

 

あくまでも忘れた自分が悪いのですが。

 

「すみません、忘れました」と言っているのに、「この書類、必要だって説明受けませんでしたか?」って返ってきたりね。

そういう時の返答に、一度言ってみたいことがあるんです。

 

「私、多重人格でして。前回説明を受けた時、別の人格だったんですよ。で、その人格が私に伝えるのを忘れちゃって」とかね。

 

めっちゃヤな感じだけど、こんなことを言われたら、たぶん何も言い返せない。

でも、解離性同一性障害だから忘れてるわけではない時の方が大半で。スマホやアレクサを駆使しても忘れる時は忘れるんですよね(解離が原因で記憶がすっぽり抜けてしまうこともあるけれど)。

 

だから、それを“武器”にしちゃいけないとは思っていて。すべて解離のせいにするのは、なんか違う。でも、武器にしちゃいけないとは思うけれど、「武器にしてしまおう」と思うことは、それとうまく付き合ってくいくために必要な気がしているんです。

 

それは、自分を守っていると思えるから。たとえ相手にそんなつもりがなくても、責められていると勘違いしてしまうめんどくさい所があるもんで。必要以上に自分を責めないでいられると思うから。

仰々しい診断名を隠さないで、「武器として使ってやる!」くらいの気持ちがあってもいいと思うんですよ。実際には使わないし、できるだけ使いたくないんですけど。

 

まあ、一回くらいは、試しに言ってみてもいいか。