つけられたあだ名は、地獄ママ

 

怒ること。

 

私がずっと押し隠そうとしてきた気持ちです。

今では、「怒ること」も喜んだり楽しんだりすることと同じくらい大切な感情だと理解できるようになってきたけれど、20代の頃は表に出してはいけない感情だと勘違いしていました。

だって怒りって歯止めが効かなくなるし、エネルギーを消耗するし、完全な邪魔者扱いでした。よく「ポジティブで蓋をする」なんて言われますが、まさにそんな感じ。見たくないものには蓋をして生きてきたんですよ。

 

だから、子どもが産まれてから色々なバランスが崩れていって、そこでやっと自分の異常さに気づけたんです。だんだん感情をコントロールできなくなって(もともとだけど)、体にも異変が生じていって。「あれ、自分ヤバくないか」と思った時には、仕事にも行けなくなっていた。

何がどう異常なのか、いくつも病院をまわってもわからず、気づいたら4年の月日が経っていました。そこでようやく辿り着いた診断名が「解離性同一性障害の不全型」でした。

 

この長ったらしいけど、今は頼りになる診断名をもらってから2年。

出産してから6年ちょっと。これまでを振り返ってみても、私は季節の移ろいや小さなしあわせを感じられず、「空白」の日々を過ごしてきたような感覚があります。

でも、今は木々の匂いや猫の温もり、水の冷たさを少しずつ感じられるようになってきました。

 

いったい何が変わったのか。

それは、きっとどんな感情も自分にとって必要な感情だと、理解してきたからだと思うんです。「怒ることは悪」だという気持ちこそ、自分を自分で否定する気持ちだったんですね。

 

ある日、息子が「腹を立てるってなに?」と聞いてきました。「怒ることだよ」と答えると、息子は真顔でこう言ったんです。

「ママみたいなことね」。

 

娘から初めてもらった手紙には、「おこったらバツだよ」と書かれてありました。ちなみに、最近つけられたあだ名は「地獄ママ」。地獄ママって、よくわからないけど、めっちゃ怖そう。

 

子どもたちは正直です。というか、容赦ない。まったく隠せてなかったんですよ。むしろ、自分が思ってる以上に怒りまくってる!

で、その度に私は自己嫌悪に陥っていた。

でも、周りを見ていても思うのですが、一般的に怒らない母の方が少ないのかもしれない。だって、「相手を思っての怒り」だってあるのだから。そこまで怒りそのものに怯えなくてもいいんじゃないか。

 

そう思えるようになってからは、少しずつ怒っている状態に恐怖心を抱かずにいられるようになってきました。

そんなわけで、ちょっと前進。

地獄ママ上等だ。